大阪らんちゅうの特徴とは

明治期の大阪らんちゅう

大阪らんちゅうは日本で最も古くから飼われていた金魚です

又、徳川時代から関西地方で飼われているらんちゅうで日本最古の番付(品評会)、文久2年に行われた記録が残っています

品評会では大阪らんちゅうは模様魚とも呼ばれていた理由から厳格な審査で形・模様と整った魚がなかなかできなかったこと

又、大正期から昭和期にかけて東京で流行っていたらんちゅうに人気を奪われて飼育する人があまりいなくなり、戦後に絶滅したと言われています

大阪らんちゅうの特徴とは

関西地方で人気があった金魚で、大阪らんちゅうオランダシシガシラが関西地方では非常に人気があり飼育されていました

特に大阪らんちゅうは専門の職人がいて、大阪の旦那衆のもとめる金魚の飼育を競い合っていました

大阪らんちゅうの形は

その特徴とは江戸時代は丸に近きものを良しとしていた

品評会が開催され明治初期頃から卵型が理想とされていた

それを特徴とするものとして現代でいう土佐錦の尾に近いもの

特殊な尾形である丸尾というもっとも珍重した

次に尾筒は特に丸型で現代でいう丸筒のものでその付け根の部分にある鱗が丸く大きく発達したもの

いわゆる、丸金という

これを鑑賞ポイントの一つとしておいている

次に六枚梶といって前びれ、腹びれ、梶びれ、合計六枚のもの、つまり梶びれが2枚のものを優等とした

全盛期の大阪らんちゅうの基本であった

尾芯の立ち上げりが少ない、いわゆる平付けという尾

大阪らんちゅうの模様

模様で尾紅(尾ひれがすべて真っ赤なもの)

大阪らんちゅうでは六枚かじがすべて赤いものを六輪と呼ばれるもの

その二つがそろったもの六輪尾紅という

これが基本の模様になります

頭道具がそろったものを本国錦とよばれ、美しさというよりは貴重価値で喜ばれた

このほかに色柄として多赤さらさ、さらさ、多白さらさ、小豆さらさ、鹿の子さらさ、

昔は完成した配色から足りない部分が減点されていた

大阪らんちゅうの水槽飼育

高級金魚の飼育環境は屋外が基本になります

大阪らんちゅうの魅力としては飼育環境が水槽であってもいい金魚を飼育することは可能です

飼育環境には一定のルールがありますので、参考に読んでください

大阪らんちゅうの江戸末期・明治・大正昭和期

大阪らんちゅうは明治期から大正期にさかんに飼育されています

品評会の開催としては江戸時代(文久2年に番付表が発見されています)

文久2年2月に第14代将軍徳川家茂と皇女和宮と婚姻を行った時代です

明治期には大阪らんちゅうのブームが起こり、大正期から昭和初期にかけて飼育が衰えて、戦後絶滅したと言われています

戦後の絶滅と復元

戦後、大和郡山の金魚養殖家西川繁次郎氏は大阪らんちゅうの飼育経験から、再現に苦心され、大阪らんちゅうの特徴のあるものを作られました

その後、静岡の金魚愛好家、池山五郎氏によって大阪の旧家で野生化した大阪らんちゅうを発見しました

氏は発見した大阪らんちゅうと西川氏の大阪らんちゅうを交配をさせ、池山氏の大阪らんちゅうを作出されました

現代では大阪らんちゅうの愛好家たちは形を重視して復元に取り掛かっています

大阪らんちゅうの飼育

管理人は大阪らんちゅうの飼育を約20年飼育しておりますが、特に飼育がむずかしいと感じたことはありません

餌もよく食べ、飼育スペースも45センチ水槽で飼育することも十分に可能です

ただ、求めている魚(形・色彩模様)を作るのは技術がいるようです

まとめ

いかがでしたでしょうか

非常に趣(おもむ)きがあり、親魚になると見応えのある金魚です

後世に引き継がれていってほしい金魚です

 

 

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