西川氏の大阪らんちゅうの復元

「大和郡山の西川氏の大阪らんちゅう」



絶滅前の最後の大阪らんちゅうを飼育していた大和郡山の西川氏です

昭和20年頃まで大阪らんちゅうを飼育していましたが、それ以降は大阪らんちゅうは途絶えてしまいました

西川氏は各地で大阪らんちゅうを探しましたが見つからずに、昭和24年にから大阪らんちゅうの復元にとりかかっています

西川氏の大阪らんちゅうの復元

西川氏の大阪らんちゅうの復元

 

西川養魚場では戦前には特に最高級魚とされる、関西蘭鋳、関東蘭鋳、阿蘭陀獅子頭など繁殖を手掛けていました

西川養魚場では大小20面ぐらいの叩き池では飼育されていたといいます

大阪らんちゅうの復元のために、交配ふさわしい出雲なんきんを松江の大田さんより送ってもらい、大阪の金魚屋の辻本氏依頼して東京らんちゅうを手に入れてもらいました

西川氏は関東らんちゅうの雌と出雲なんきんの雄を交配させ、もとになる金魚を作り出しています

詳細は不明ですが、土佐錦や中国花房なども交配に使われた可能性があります

2~3種類の金魚を交配させると落ち着くまで10年かかるようです

西川氏の大阪ランチュウもらんちゅうでもなく、出雲なんきんでもない金魚を作り出すのに10年かかっています

「大和郡山の西川氏の大阪らんちゅう」

金魚 松井佳一 著

大阪らんちゅうとして落ち着き始めた時代の画像になります(昭和37年頃)

西川氏の大阪らんちゅうの残し方

西川氏は親子三代(繁太郎氏、吉則氏、吉郎氏)にわたって大阪らんちゅうの復元に取り掛かっています

繁太郎氏は大阪らんちゅうは形も模様も大事だということおしゃられていました

又、大阪らんちゅうは六輪(ろくりん)を作ることは簡単ですが、形もあわせた六輪は難しいとも言われています

西川繁太郎氏の大阪らんちゅうの選別は金魚の色変わりまで選別をしないという方法です

西川繁太郎氏の弟子でもあった池山五郎氏もそのやり方を踏襲(とうしゅう)されています

まれたばかりの大阪らんちゅうの針子(はりこ)は密飼され、選別ごとにゆとりのある飼育スペースに移されていました

六輪の出現の可能性

更紗がでて、猩猩(しょうじょう)全身がまっあかになる金魚の場合は品種によっての確率は変わりますが、六輪が出現する可能性はあります

 

参考文献

カラーブックス金魚 松井佳一 著

金魚愛玩草 奈良県立生駒農学校長 上武豊太郎 著

金魚愛玩草

 

取材協力

板谷 広義 氏

 

 

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「大和郡山の西川氏の大阪らんちゅう」

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