(有)やまと錦魚園素人セリ市にいってきました!そして大和郡山で大阪らんちゅうの現地調査をしてきました!

大和郡山



やまと錦魚園さんで今日は素人セリ市に参加してきました

会場は参加者100人ぐらいはいて、大変盛況でした

そして、(有)やまと錦魚園の嶋田社長に資料館のほうも見せていただきました

嶋田社長ありがとうございました

(有)やまと錦魚園素人セリ市にいってきました!

大和郡山にようこそ

金魚の街に到着

大和郡山

街中が金魚で一杯です

たたき池

広大なたたき池

たたき池

グリーンウォーター

出品されている金魚たち

出品されている金魚たち

出品魚

出品されている金魚たち

友人の出雲なんきん

友人の出雲なんきん

同じく友人のなんきん

同じく友人の出雲なんきん

同じく友人作地金

同じく友人作のジキン

地金 地金 会場で知り合いになった四国オランダをやっている方の魚

ジキンの黒仔

四国オランダ

会場で知り合いになった四国オランダをやっている方の魚

当歳たち

当歳たち

四国オランダ

四国系統の特徴がよくわかるひらつけの尾の魚 当歳

エレガントな金魚たち

とてもエレガントで力強い魚たちでした

日本オランダの歴史

2019.02.09

知り合いと過ごす時間が多く撮影はここまでになりましたが、資料館のほうも嶋田社長に見せていただきました

昔は大阪ランチュウを黒焼きにして漢方薬にしていました。もちろん戦前の話になります

大阪らんちゅうと思われる魚たち。背びれが描かれているのも品種として販売されていたという戦前の文献もありました

背びれのある卵虫(関西では大阪らんちゅう)を明治時代ぐらいまでは和唐内と関西ではいわれ販売されていました

大阪らんちゅうについて書かれた貴重な資料

大阪らんちゅう

大阪らんちゅうの背鰭ありと思われる工芸品(年代不明)

ヒカゲノカズラ

産卵に用いるヒカゲノカズラです

協力  

やまと錦魚園 様

板谷 広義 氏

大和郡山で大阪らんちゅうの調査をしました

大和郡山市にお住まいの方から大阪らんちゅうに関する貴重な情報を頂きました。

その方は84歳で戦前の大阪らんちゅうをご存知でした(持ち込んだ大阪らんちゅうを見ながらお話いただきました)

大阪らんちゅうは西川さんが大家で、当時で一匹10万~20万していましたその特徴は大きい魚で、卵みたいに丸い、顔は丸い、 コブない。鱗が細かいのです。

そして長生きで10~20年ぐらい生きる魚だったそうです貴重なお話ありがとうございました。(*^^*)

絶滅前の魚と言われる魚を知っている方に4人ほどあったことになります。

何故、大阪らんちゅうは絶滅したと言われているのか?

2019.01.16

板谷氏の余談

大阪らんちゅうという呼び名を広めたのは実は金魚博士の松井佳一氏でありました松井博士の本以前は卵虫、らんちう、などの呼び名で呼ばれており、天保年間以降大阪の船場で流行ったことからそう呼ばれるようになったと言われていますが、関東のらんちゅう(蘭鋳)と区別するために博士が決められたように思われます

明治時代までは全国的にらんちう(卵虫)といわれ、東京方面は石川亀吉がマルコ(まるっこ、丸子)言われる、大阪らんちゅうに近い、また、ナンキンの原型に近い魚から改良されて、現代の優美な頭の豊かならんちゅう(蘭鋳)が産み出されました。

トキンタイプは体やや長く、背が櫛型で背折れがあり、尾がやや長めにでる傾向があり尾が付きやすいが、このタイプは筒が細い型であったため、宇野仁松氏も改良に入った型といわれています。

白木正光 著  金魚と熱帯魚の飼い方 より 写真抜粋
大和郡山

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